高知の廃校になったあの小中学校は今!!

大月町・芳ノ沢小学校の校舎(昭和58年廃校・昭和27年築)

カテゴリ: 大川村の学校

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・大川村
昭和52年(1977年)早明浦ダムの完成により村役場を含め、村の大部分が水没。
ピーク時4000人いた人口は白滝鉱山の閉鎖、ダムの完成による集落の水没などで、約500人にまで落ち込んだ。平成17年、日本の離島以外の市町村で最も人口の少ない村となった。

・人口の推移
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平成28年6月1日 386人        (以上ウイキより)

大北川分校
白滝小中学校
川口小中学校
大藪小学校
船戸小学校

番外編・17号線の旧道

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平成15年 大川中 川口小学校と統合し、大川小中学校。

小松川橋からの船戸地区

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地理院地図 本山 1・2500 昭和44年発行
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旧船戸小学校もダム湖の中

校舎がダムが完成した後の大雨で流されたそうだ。 なんとも・・・。
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つぼみ保育園跡
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白滝小学校跡地、まあ早い話が、自然教育センター「白滝」で地元の方に聞いた話によると、前記した岩盤を刳り貫いたトンネルはまだまだあるとの事だったが、おかげ様で、また秋以降、大川村に来る事になりそうだ。

川口小学校、大藪小学校の跡地訪問も完了し、旧道の追跡に入る。
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橋の名前は「高薮橋」
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その橋の上から旧道が見える
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赤い橋は(高薮橋)、劣化で白くなっている
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そして(旧道は)続いている
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橋の袂に戻る。
高薮橋の手前から、橋の下に旧道が入っている
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進む
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橋の下
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更に進む
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昔の県道はすぐ横に滝が流れていたようだ
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橋から見えていたトンネル
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トンネル②
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反対側
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トンネルを抜けてもまだ上に岩盤がある
伊尾木の障子藪の岩盤トンネルのようだ。
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そこから見上げる高薮橋
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これ以上は草木は生えすぎていて、今の時期は止めておいたほうがいい。

戻って、対岸を確認しながら、次の橋に到着
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したぎりばし 下切橋
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昭和55年か
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旧県道はあのまま、岩盤を突き進んできてこの橋に合流している。
まあ正確には昭和55年にバイパスを作ったという事だが。
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見づらいが、分かる人には分かる・・・
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次の橋に向かう
ここにも、橋の下を通過していく旧道跡がある
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橋の名前は川崎橋
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昭和46年
ここから先はダムの完成に伴う、橋の水没に合わせたものになるだろう。
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川崎橋の上から
旧道跡が見える
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川崎橋を通過し対岸を
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あんなところにもトンネルが
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そして次の橋に到着
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うの滝橋
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同じく昭和46年
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ここはすぐ下にトンネルがあり、そのまま橋の下を通過していく。
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よくもまあ、こんなところにこんな道を作ったものだ・・・・
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しばらく進むと、下にに入る道があり、そこからこの旧県道にアプローチできる。
そして旧県道はそのまま高度を下げていく。
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そして、その先にダム湖に半分水没した橋の跡がある
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小金滝橋
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昭和46年
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橋の上からダム方面を
水没した橋の跡が見える。
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橋の上から上流方面を。
旧県道が高度を下げ、ダム湖に進入していくのが分かる。
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旧道の跡がある、半分水没した橋の跡がある!!と話を聞いていたが、その時はあまりピンと来なかったのだが、現在、思いっきりピンと来ている・・・!!!
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到着
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校舎はもう壊されていて、地元のセンターになっていると、教えてもらっていた。
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ここにも石碑がある。地域によって学校跡地の石碑がある地域と無い地域があるが、多いのが、元卒業生によるものが一番多い。
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学校の歴史
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また大川村史によると、それ以前に明治18年に、児童数20名で発足し、同22年に経費その他の理由で廃止になったという経緯があるそうだ。

そして明治30年に校舎を新築し児童数30名、とある。

隣にあるのは多分「開校の記念碑」だと思う・・
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校庭の遊具
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ジャングルジム
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全景
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在りし日の大藪小学校
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発電所の隣だからわかりやすいと思う。

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小学校
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中学校
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校舎にも
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玄関に石碑が置いてある
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石碑の裏
開設は明治27年の大平尋常小学校(大平横滝26番地)だったそうだ。
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運動場を通って発電所に車が入っているようだ。
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校舎と体育館
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プール
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そして下には天然のプールが
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しっかりと下に降りれる設計になっている。
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敷地を造成している。ここではなかなか小学校規模の土地を確保するのが難しかったのだろう。
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ここを入る
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一本道を進んでいくと、まさかの二車線の展開
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二車線も終わり、自然教育センター「白滝」に到着。
ここが白滝小中学校跡。
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メインの建物は、学校を利用したもので、内部にはまだ当時の雰囲気を残しているとの事。
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プール
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学校の歴史
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鉱山拡張により大正4年12月27日開設が決定し、翌5年に始まったそうだ。

また大正13年から昭和3年まで中ヶ市分教場というのがあったらしい。
(廃止の理由は、鉱山の縮小)

そして役場方面に向かう
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橋の名前は
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黒沼田橋
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橋の上から旧道が見える。
なんと岩盤を刳り貫いて車道を作っている。
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この橋が完成する昭和46年以前は、あそこを自動車が走っていたのか・・
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バイクで通過
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素晴らしい
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出口から橋を
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気合が入ってきた。
どんどん行ってみよう!!!!!
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と、思ったらすぐに終わり・・・・
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が、しかし、自然教育センター「白滝」で地元の方にいろいろと話を聞かせてもらったが、大川村には、まだこのような当時のトンネルが多数残っているとの事。

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昭和41年 廃校

開設は明治16年4月、大北川分教場として、読、書、算術、習字等、寺子屋式の授業が始められ、明治23年に家を購入し組合学校を設立するが同24年に山崩れで中止になったらしい。
その後、高野尋常小学校分教場が明治30年に設立が決定され、明治36年には、二学級、教員二名の学校だったそうだ。(大川村史より)

で、結局のところ、この大北川分校がいつこの場所に建てられたかは分からない。

また、本校である(旧)船戸小学校も今ではダム湖の中。
校舎は、ダムが完成した後、台風の大水で流されたそうだ。

(船戸小学校自体の流れは、2003年、大川中、川口小と統合し、大川小学校となっている。そして、2005年、大川中と大川小が統合し、大川小中学校となっている。因みに大川村は2016年2月現在で、人口が402人という日本一人口の少ない村である。)

現在は、個人宅になっている。
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一目で学校跡地と分かる。
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近くのポストも平成28年2月で廃止。
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おっと・・・・川にレールらしきものが・・・・
もしかして、伊尾木編の再来か・・・・・・
ここに、軌道跡????
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当時の校舎
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●太田尾峠越え動画!!





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