本日、早速、四万十町教育員会、高知県教育員会からの回答がきた。
そして内容は想定範囲内の最低限の内容であった。
「要約」すると、どちらの委員会も「うちは関係ありません」
ただ文部科学省の「学習指導要領」に基づき仕事をしていますとの事だった。
通学する児童、生徒、そしてその保護者の事に関しても無関心、その事には触れたくない様子。
電話で四万十町教育員会とは15分程、高知県教育委員会とは50分程の会話。
北朝鮮がミサイルを撃ってきた事にも無関心で「学習指導要領」に「行動」「言葉」を制限された「愛国心のかけらも持たない普通の大人の集団」という事がよく分かった。
ま、そういう環境の中においても、まだまだ多くの「教育者としての使命」に燃えている教員が多数いる事も私は知ってはいるのだが。
問題はその教育界がこのような「状況」に陥ってしまっているという事。
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現在、四万十町大正地域振興局には以下の内容の質問をさせて頂いている。
7月12日送信
(以下 拡大できます)
(以下 拡大できます)
8月3日、大正地域振興局より
回答は登記の日付とダムの歴史についてのみ
祈念碑の事は完全に「幡多ゼミ」に依頼し、四万十町としての立場はノーコメントという回答
8月6日
それについての私の送信内容
(上と下の二部)
(上と下の二部)
9月8日 大正地域振興局より
「幡多ゼミ」からの回答が来たので添付して送っていただくが、その他の件には全く触れず
9月12日 大正地域振興局へ送信
(上と下の二部)
その「幡多ゼミ」からの回答に対しての私の、意見、指摘、質問は、12「回答書が来た、13「回答書への意見、指摘、質問」、14、にある通り。
そしてもう一部、大正地域の方、そこの地元の方への質問として、
当時、工事現場までの道があったのか?
トラックで行ける事が出来たのか??
地域の方は全員、日本人と朝鮮人の共同墓地の話をしているのに、「幡多ゼミ」の日本人の犠牲者はいなかったという調査内容!!
等は本当に大正村の歴史として正しいものなのか??
という内容の質問をさせて頂いた。
「津賀ダム平和祈念碑」は四万十町所有の「雑種地」にある「四万十町民共有の財産」なのである。
「祈念碑」の内容については完全に「幡多ゼミ」に丸投げ。
そしてその他の四万十町大正地域振興局としての「義務」に関しては完全にノーコメント。
大正地域振興局は、このような町を、そして歴史を、未来の子供達に残していきたいのか?????????
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