高知の廃校になったあの小中学校は今!!

大月町・芳ノ沢小学校の校舎(昭和58年廃校・昭和27年築)

2016年11月

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現在は保育園になっている
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開校は明治8年、廃寺を利用し、教師一人、男子児童25名で始まったとの記録がある。

昭和46年 和田小学校と統合し、松田川小学校となる

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前はたこ焼き屋。

もしかしてこの場所が、当時の小学生達にアイスクリーム、お菓子、ジュースを供給していた場所かもしれない・・・!!!
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そしてすぐ北に神社があり
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その横が保育園跡
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在りし日の二ノ宮小学校
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楠山の郵便局の隣の「山里の家」が楠山小学校跡
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とても小学校には見えない
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でもこれが小学校の校舎なのである
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学校の石碑
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学校の歴史
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高知市内からのスポーツクラブの合宿もあり時々賑わうそうだ。
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平成3年、坂本ダムの建設に伴い、学校はこの場所に移動してきた。
その頃の児童は十数名いたそうだ。
そして7年後の平成10年に橋上小学校に統合


以前の学校は、もっと下にあった。
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今、学校のあった場所は楠山公園になっている
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昔の小学校 中学校があった頃の航空写真
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現在
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こちらは当時の中学校
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明治31年 楠山小学校出井分校として開校

昭和50年 閉校 (楠山小学校の石碑には『閉校』と書かれているから、単純に通学する児童が0になったという事だろうか)


宿毛市内から松田川沿いの道を登る

看板にも「出井」の文字がある
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地理院地図にも載っているし
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住宅地図にも載っているし、着けばすぐわかるだろうと思っていたが・・・
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なんてこった・・・・
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道路が拡張され、学校跡地周辺が観光地化しようとしている・・・

この辺りが学校跡地付近なのに・・・
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地元の方に聞いてみようと思ったが、不在だ。
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でも表札から、この隣が学校跡地という事が判明した
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こうれが校舎かな??
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今まで見てきた木造校舎とは少し趣が違うが
(どうやらこれは校舎ではなく昭和40年代に建てられた僻地集会所のようです)
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玄関横にある、小学校にありそうな造作物
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中にはオルガンがある
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格子窓の形も少し今までの型とは違う
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まあ当時のまま残っていると考える事自体が不自然か・・・

これは教員住宅っぽい。
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学校の上には神社がある
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神社と学校が隣接しているケースは多いが、それは単なる偶然ではない!!
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きっとここで夏祭りなんかも行われ、ささやかな花火大会もやっていた事だろう!!
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神社から見下ろす学校
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在りし日の楠山小学校出井分校
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どうやら残されている建物はこの写真の奥のもので、僻地集会所になるだろう。

学校は昭和50年に廃校となり、その後 昭和20年代後半に建てられた校舎は取り壊され、昭和30年代以降に建てられた教員住宅と昭和40年代に建てられた僻地集会所が残されている状態だ。



学校があった頃の出井
耕作地が広がっている
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現在の出井
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道路は改良され交通の便は良くはなったのだが・・・

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昭和45年 廃校

三原村から向かう。 途中道路のど真ん中に大きな穴が開いていた。
川の流れで道路の下が崩壊していたらしい。


学校だ。
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神社もある。
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石碑は全て神社のもの。
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都賀の川生活改善センター
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公民館、集会所は公会堂はよくあるが、ここでは生活改善センターだ。
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そしてここにも木造校舎が当時の姿でそのまま残っている。
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幡多地区は木造校舎の宝庫だ!!
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裏手に回ってみる
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入り口は開いたまま
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靴箱の無い校舎
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ごく最近、これが見慣れた風景になってしまった・・!!
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格子窓
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畳の部屋がある。
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炊事場
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宿毛市、松田川が見渡せる場所を越え、宿毛市内に向かう
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在りし日の都賀ノ川分校

当時と殆ど変わってないようだ!!
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お!!あの軽トラは、もしかしてこのシリーズの常連のあのトラックかも(笑)

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昭和52年 橋上小学校京法分校から独立した京法小学校となる
昭和55年 橋上小学校に統合




橋上から橋を渡り手前の神社
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白皇神社
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神社の石碑
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学校が見えてきた
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学校建設記念の石碑がある
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ここも中に入れる

というより既に崩壊が始まっている
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このタイプの廊下は初めてだ
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入って左手、東の教室
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まん中の教室は2部屋繋げている
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西の教室は傷みが激しい
川沿いで湿気が多いと、こんなに傷み方に差が出るのだろうか!!
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また風当たりも違うのかもしれない!!
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西北はトイレ
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東北は炊事場
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屋根は崩壊寸前
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校庭はその後、土砂捨て場になっていたようだ。
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在りし日の法京小学校
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地図にはないが、道路を挟んで神社があった
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石段がある。
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昭和5年8月吉日
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そこから見る学校
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バイクに戻り、更に奥の還住藪に行ってみる!!


到着した。

学校周辺にはもう誰も住んでいないようだが、その奥の還住藪にはまだまだ地元の方がいらっしゃるようだ。
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場所は神社前
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神社に行ってみよう!!
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きっと数百年の歴史のある階段だと思う!!!
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仁井田神社・・かな・・
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昭和5年9月吉日
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還住藪の集落を西から
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そこから西は舗装も切れダートになる
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街中の一等地のマンションに興味は無いが、こういう生活環境は羨ましく思う!!
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還住藪の繁華街周辺
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少し集落を離れると、耕作地が自然の姿に戻ろうとしている
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途中にある「鎌柄渓谷 七つの滝」の看板

検索しても全くヒットしない・・・・
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情報求む!!!

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地理院地図「有岡」昭和43年
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廃校、統合後の校舎の影が記されている。
昭和26年に完成した中学校校舎だから、有効活用されていた事だろう。


昭和22年 9月 山奈村立山奈中学校創立
昭和26年11月 校舎落成
昭和29年 4月 市制施工で宿毛市立となる
昭和39年 9月 平田中学校と山奈中学校が名目統合し東中学校となる

実際に東中学校の校舎が完成し授業が始まったのは昭和41年の4月からだそうで、それまでは平田分教場、山奈分教場という形をとっていたらしい。
(東中学校の学校概要より)


地元の方に話を聞くと、今は官舎になっているとの事。


現地に行ってみると、
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これは宿毛工業の寮
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官舎という事ならこの辺り・・・でも規模が小さすぎる
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宿毛工業の前からの中学校のあった方向
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結局場所が特定で出来ないまま帰ってきたが、半世紀前の航空写真を見てみると、写真右手の4階建てのマンションが建っていて、前に太陽光発電がある場所が中学校跡だったようだ。
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校舎の完成は昭和26年、閉校は13年後の昭和39年
完成したばかりの校舎で、すぐに統合、閉校の話が出たって事だろうか!!

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昭和42年 橋上小学校に統合

学校は坂本集会所の少し西の北側の坂を登った場所にあった、との事。
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●坂本集会所


現在はお墓になっているが、国旗掲揚台は残っているかも、と言われていた。
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桜吹雪の舞う小学校だったようだ!!
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どうやら国旗掲揚台も撤去したみたい・・
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小学校の運動場というと、運動会の出来る完全に整地された広いグラウンドをイメージするが、それはある程度最近の話なのかもしれない。
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水栓がある。
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地理院地図 1・25000「楠山」昭和39年測量
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集落の規模は戸数はほとんど変わってないかもしれない。

坂本小学校の卒業生の子供達が新しい生活を求めて都市部へ出ていったという事だろうか!!

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芳の沢から栄喜に向かう

道路沿の民家が増えてきて学校に到着
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学校の石碑
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平成23年 小筑紫小学校に統合
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開設は明治37年

土佐清水の漁村の学校の開設と比べるとかなり遅い。
漁村として賑わっていた事は容易に想像出来る。だとしたら学校を建てる財力も十分あったはずだと思う。

もしかして、それまではこの地区の児童達は小筑紫小学校に通っていて、栄喜の児童のための学校も欲しいという事でその後開設された学校だったという事なのだろうか??



プール。 おはよう・こんにちは・さようなら
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校舎
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水槽がある
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児童達は栄喜の港に揚がった海老や蟹をここで飼っていたんだろうか。
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白髪小中学校の北西に蛇ヶ野という集落があるので行ってみる。
神社も気になるところだ。

地図には蛇野とあるが、現地の林道では蛇ヶ野だからこちらが正しいのだと思う。
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すぐに到着。
まだ無人の集落ではない。
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そして神社を探してみるが、全く見当もつかない。

そして地元の方がいらっしゃったので話を聞いてみる事に。

そして神社は地図にある付近ではなく少し西寄りの、民家跡を登った場所にあるとの事。

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そして、その神社は、鳥居があり、その石段を登るその先にあるのではなく、山道を登り、竹藪の竹を掴みながら登った大きな岩の場所にあるとの事。


民間の横の、この山道を登る

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そして道なりに、道らしき道を進み、竹藪の中の道らしき道を竹を掴みながら登ると貯水槽がある。
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そしてその西側に神社がある。

地元の方は「上神様」と書いて「うわがみさま」と呼ばれているそうだ。
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神社と言えば鳥居をくぐった石段の先にある建物を連想してしまうが、この蛇ヶ野ではこの大きな岩の下にあるこの場所が「神社」であり、それは地図にも反映される程の重要な場所になるのだ。
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榊は定期的に手入れされている
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蛇ヶ野の集落が賑わっていた頃、当然この神社でお祭りも行われていた。
先々月の9月15日には恒例の行事も行ったそうだ。
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残念ながら神社を形どった造り物はもうこんな状態

白髪小学校が廃校になった昭和46年、当時は林道さえなかったそうで、地元の子供達は統合先の本山小学校まで、徒歩+タクシーという時期もあったそうだ。


約半世紀前の学校周辺
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現在
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またここは白髪山への登山道があるだけでなく、温泉が2カ所あるなかなか素晴らしい場所だったとの事。
そして、だったという事なので、その二カ所の温泉も既に廃業している。

その1カ所は奥白髪温泉で、10年程前まで営業していたそうだ。

もう一カ所は行川温泉と呼ばれていて、ネットで調べてみたが、正確な事が分からない。ただ、その温泉のあった地区を教えてもらったから今度行ってみよう!!!

車道の接続がない場所のようだが。(実は尚更行ってみたい!!!!)

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また学校の手前には「田舎の売店」跡がある。

この売店も奥白髪温泉が廃業した同時期に閉店したのだろうか。

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439号線の対岸にある上関、梶屋敷

この短い区間に、ガソリンスタンドがあり、商店が3軒もある。
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そして439号線に渡るための本山東大橋に向かう、その先には昭和の街灯がある
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あーあ、俺も遂に本格的なオッサンになってしまった・・・(笑)

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地元の方に学校の事を聞くと、この先○キロ先とか、○m先とか、いつもかなり正確で具体的な数字を教えてくれる。

そしていつも誤差±5%の範囲内で学校のある場所に辿り着けるというものである。

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敷地は南北に長い
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学校の石碑 大正時代のもの
この頃の学校は校下民の寄付で支えられていた部分も大きい
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白髪小学校
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昭和46年 本山小学校に統合

同じく中学校も本山中学校に統合

また大正2年、白髪の私立小学校(家庭教育場)が、帰全小学校の白髪文教場となり、白髪小学校になったそうだ。
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校庭を挟んで北側に小学校と講堂があり
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南は中学校らしい
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アルミのドアに鍵がかかっていて、こちらは地元の方が現在も利用されているようだ
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一方、北側の校舎は
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東側の講堂
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入り口全開
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廃校になって45年程
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当時の黒板がほぼ当時の状態で残っている
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中学校の表彰状
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こちも中学校
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建物の間には水飲み場
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白髪小中学校最後の児童、生徒の作品
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反対側
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西側は小学校
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こちらも玄関が開いている
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入ると土間になっていて、靴箱もある
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そこから上履きに履き替えて廊下に上がり、3つの教室に入っていく
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一クラス12人以下の児童数だったらしい
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廊下
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隣の教室には畳が
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どうやら廃校後の建物を林業関係者が宿泊施設として利用していたようだ
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押入れまで作ってる
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タンスも
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二部屋繋げている
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講堂の北側には炊事場がある
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薪で米を焚いてた
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畳の部屋がある

学校の規模を考えると、教員住宅には狭すぎる
この敷地内には教員住宅はなさそうだ
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でもその裏にはお風呂が
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うーん、やっぱり一部の教員が教員住宅として利用していたのだろう
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そして小学校の校舎の北にトイレがある
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どちらも
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5人体制
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この学校の校舎の配置、間取りを簡単に書いてみた
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